理想と現実

30才前後に3年程歯科医院を開業して、結果的に閉院してしまった事を前に述べましたが、その際、多くの事を学びました。今回はその時学んだというよりも深く心に残した事を述べようと思います。

大学を出て4年たった頃です。自分なりに腕も磨き勉強もしたつもりです、それなりに自信もありました。しかし現実は違い経営という新たな壁があり、時間と戦いながらいかにコストを下げるかという事に考えを置いていませんでした。

医療なのだから、体の健康を回復させる事なのだから、時間とそれなりのお金がかかるのは当然の事で、大切なのは内容で、内容さえ良ければ患者さんは喜んでくれるはずだ。ただ一筋に治療内容のレベルを上げる事に専念していました。健康管理をうるさく説き、主に歯ブラシの使い方の指導ですが、痛みを止める応急処置の後は、歯ブラシの使い方の指導のみに専念し、上手に出来るようになるまでは治療に入らない、という徹底した医療方針を貫こうとしたのです。

今から25年も前の事ですから、健康に対する考え方も違います、私の治療方針を受け入れてくれる患者さんはなく、結局妥協せざるを得ませんでした。歯ブラシ指導の個室をつくり、指導専門の衛生士を雇い、健康管理にかなりのコストをかけたにもかかわらず、その機能はほとんど発揮される事なく、ただ単に経営を圧迫する結果になりました。NHKやその他の報道機関が歯ブラシを取り上げ、世の中に受け入れられるまで、約10年の月日が必要でした。10年早く行動した事になるのでしょう。

結局選んだ道は、歯ブラシ指導と治療を平行して行う事でした。健康管理をしてくれますねという条件の下で治療を始めたわけですが、治療行為が終了しても健康管理はやってもらえず、その後の定期検診に来院してくれる人もありませんでした。

とにかく経営を軌道に乗せる事だと我武者羅に診療をしましたが、2年程たって何とか経営にめどがつくと、今自分がやっている医療行為が許せなくなってきたのです。確かに私は健康管理をときレベルの高い医療内容の診療をしていますが、結果的に患者さんに総合的な満足感を与えているかという点では、肯定する事が出来ませんでした。たとえ話をしますと、いい加減な基礎工事の上に立派な建物を建ててるような物です、これでは長持ちするわけがありません。いい加減な基礎工事なのだからそれに見合った建物を建てれば良いではないか、という考え方もあると思いますが、それでは収入が上がらず経営が成り立ちません。高い内容に高い報酬という発想で考えた診療室だったのです。6ヶ月間悩んだ末に閉院する事に決め6ヶ月かけて診療室を閉めました。この時の患者さんの多くは私に大変な不信感を持っていられる事と思います。

いつの日か趣味で歯医者をやろうと密かに心に誓ったのです。生活費を他で稼ぎ経営を考える事なくお金に無頓着になり、医療内容のみに集中できるような診療室をつくってやろうと。

50才近くなってその夢が実現しました。心豊かにのんびりと医療行為に取り組みました、何の心配も無いのですから当然緊張感も生まれません、ただ単にどのようにしてあげれば喜んでもらえるのか、とそれだけを思い話をしたわけです。しかし器械を持って診療に入ってからの集中力は、それはプロですから切り替えは見事な者です。ただ視力の衰えから来る持続力の衰えは想像以上でした、休憩を取りながら時間をかけない事には、若い時と同じレベルの内容は出来ませんでした。お金を稼ごうという意識はありませんから、患者さんにお愛想を言う事はなかったです。のんびりとした緊張感の無い不愛想な歯医者にしか写らなかったようです。多くは初対面の人ですから無理もありません、心を伝える事の難しさをまた知らされた思いです。また閉院してしまいました。

お金を頂く事はいかなる場合でも趣味であってはならないという事でしょう。お金を頂くのは事業のみに限定し、お金を使う事の楽しさを味わおうと思っています。


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