10代の思い出(座禅について)其の二

続きです。

2月の初めです、前日夕食をすませて集まり、色々な注意事項を話され、食事道具と薄い布団を貸し与えられました。食事道具と言っても茶碗、お椀、小皿に箸、それに布巾が2枚、それで終わりです。とにかく眠りました。すぐ眠れたんでしょうね何も憶えていません。

翌朝4時30分に起こされすぐに布団をかたし、座禅を組めと言うのです、何がなんだか分らぬまま座(あぐらではない)を組みました。お坊さんが長い板(名前を忘れました)を持ってゆっくりと歩きまわります、動くとその板で背中をたたかれる訳です、後日談ですが、一度もたたかれた事が無かったので、経験してみようと思いたたかれたのですが、痛いの何のってもう二度と嫌だと思った記憶があります。

座を組み、目を半眼にし1メートルほど前方の一点を見つめ、自分の呼吸を整え、その呼吸を数えなさいと言うのです。数息観(字が違っているかもしれません)と言うのだそうです。そして呼吸を数えながら頭の中に何も浮かべてはならないと言うのです、彼女どうしているかなあなどと思ってはならないと言う事です。そうして10を数えろと言うのです、呼吸数が10を超えられるようになると問題を与えられ、お坊さんと問答をする訳です。私は一番数えた数が7でした、必ず何か頭に浮かんで難しいものでした。

初日は足の痛みと痺れを耐えるのに精一杯で呼吸を数えるどころではありません、最初なので15分に2分ほどの休憩をくれるのですが、その15分の長い事だけは良く憶えています。

2時間後の6時30分に朝食です。麦が7割ぐらい入った麦ご飯のちょっと塩味の効いたおか湯です、それとお味噌汁、と言っても具は大根の葉っぱ程度で出しなどは取っていません、それに大根の葉っぱ程度のお新香です。おか湯はいくらお変わりしてもかまいません。食べ終わるとお茶碗にお湯をもらい、一枚の布巾でお椀と小皿を洗い、そしてお湯を飲むのです。洗った布巾を小さくたたみ、もう一枚の布巾で全てを包みそのまま棚の上に置いて置くのです。食べ物を残す事は出来ませんし、5日間一度も洗いませんでした、それでもおなかを壊さないものです。 とにかく、不味くて食べるなどと言うものではありません、必死に流し込みました。

7時から作務と言ったと思います、庭掃除などお寺さんの雑用をするのです。この時間が一番楽しかったです、仕事が楽しいと思い何か変な感じをした事を憶えています。

9時からまた座を組むのです、また同じ思いでした。

11時に昼食です、今度は麦7割の麦ご飯です、それにお味噌汁、お新香、そして最後にはお湯です、思いは同じでした。

11時30分より昼寝です。 普通に眠れました。

13時に起こされます、これは小さな鐘を鳴らされます、最初はゆっくりとだんだん早く連打され、最後に一つ大きくならされます、それと同時に起きるのです。大急ぎで夜具をかたし又座を組むのです。

15時からは作務です。17時から30分は自分の事のための時間だったと思います。

17時30分に夕食です。お昼の残りのおじやでした、それにお新香、それだけです。やはり最後はお湯です。また必死に流し込みました。

18時からはまた座禅です。

20時に眠りに就くのです、しかしこれは形だけで、みなすぐに起き出し思い思いの場所で座を組むのです。そして22時30分頃に思い思いに帰って来て眠るのです。

これが一日のだいたいの生活です。座禅は30分組んで3分休憩だったと思います、でも5日目に3時間連続して座を組まされた記憶があります。昼寝があるために一日が二日に感じるのです、一日がこれほど長く感じた事はありません。朝目を覚ますと空の布団があったりなんとなく人数が減っていくのです。でも誰も気を留めませんでした、やりたい者だけがやれば良いと言う雰囲気でした、まさしく自分の意志で行動していたように思います。

そんな生活にもなれるししたがって、必死になって数息観に取り組めるようになりましたが、どうしても7ぐらいまでしかいきません、10には届きませんでした。そのままお坊さんになれば10まで届き、問答も出来たように思います。問答は出来ませんでしたが私は一生の宝者を得る事が出来ました。

次回にします。


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