テニスとの出会い(2)

続きです。

子供の頃からろくに運動と言うものをしていません。大学に入った時の一年間はワンダーフォーゲルという大学のクラブに籍をおき、山を歩きまわりましたが、体を使った事柄といえばこの事ぐらいでしょうか。ですから筋肉という物がほとんど無かったと言っても言い過ぎとは言えない体だったのだろうと思います。身長175cm体重53キロなのですから。

それが突然に40歳近くになってテニスを始め、その運動しかしていないのですから、使って発達した筋肉と使われていない筋肉との差が激しくなり、腰まわりの筋肉のバランスが崩れ、弱い筋肉が引っ張られ悲鳴をあげた状態になった様なのです。とは言いながら、10年間は自分の筋肉で出来る事をやっていたために、特別自覚したトラブルは起きてなかったのです。

52歳の12月で歯医者を完全に引退してしまいました、その事は以前に申した通りです。1月より毎日テニスをする様になり、かなりに激しい練習をする様になった様です。それまでもかなり筋肉は偏っていたと思うのですが、この練習がその筋肉に致命的なバランスの崩れを与えてしまったのでしょう、動けなくなり寝ていても辛い身の置き所が無いといった状態に追い込んでしまったのです。

1ヶ月ほど安静にしていたのですが、痛みは引かず、状態に変化はほとんど見られませんでした。整形外科やその他で色々と診断をして頂いたのですが、結局トレーニングをする事により弱い筋肉を強化して、腰まわりの筋肉をバランスよく回復させる以外にこの痛みを除く方法は無いという結論になったのです。幸い骨には大きな異常が見られませんでした。

スポーツジムを何軒か回り自分に合った所を探しはしましたが、たまたま入った所にテニスの事を良く知った私と気の合うトレーナーと巡り合ったのです。この辺の人との巡り合いの偶然も私の運の強い所かも知れません。トレーナーの指導を受けながら筋肉トレーニングが始まったわけですが、この辺はどうしてもテニスを続けたい一心からだったように思います。

当時体重は68キロでしたがお腹の周りに脂肪がかなりついていたようです。足の筋肉は走り回っていましたのでそれでもそこそこ付いていた様ですが、腕力ははなはだ少なく2キロの鉄アレーが重く感じ、トレーニングルームの鏡に写る自分の姿が亀に見えるという悲惨な体で、今思えば無謀な挑戦と周りの人が笑ったのもうなずけると言うものです。

それでも1ヶ月程で何とかラケットの振れる状態になりました。もちろん腰は痛いのですが、テニスをやらないほうが早く筋肉が出来るという事でも無いということなのです、むしろテニスをやりながら筋肉トレーニングをやった方が良いと言うのです。この時期のテニスは最悪でした、基本的には腰が痛いために強くラケットが振れないのです、散々な出来でした。

1年間はトレーニングの出来る体作りと言うほうが正解だと思います。それぐらいひどい基礎体力だったと言ったほうが正確かもしれません、そんな貧弱な体でテニスという過激なスポーツをよくやっていたと言った方が妥当だと思います。ひざを曲げての腹筋は上半身を一度も上がらず、腹ばいになっての背筋は手足を上げて反る事は一度も出来ませんでした。

ストレッチに関しても腰を痛めるまではろくにしておらず、体の硬さは立ったままの前屈においては地面に指先が付くどころか20センチもはなれている状態で、全身ともに同じようなものでした。体が硬いのではない、貴方が単に硬くしているに過ぎない、体は本来柔らかいものだとトレーナーに指摘され、続けた所、これはさほどの苦労も無く目的を達する事が出来ました。

問題は筋肉でした。20歳の頃から40歳ぐらいまではほとんど体型が変わらず、洋服のサイズの変化はありませんでした。ただし53キロという虚弱体質のままでと言う事です。それでもテニスの成果もあったのでしょう、45歳ぐらいから少しずつ体重が増えていったようです。それなりに走り回りましたので足には多少の筋肉がついたのでしょう、ですがより多く付いたのが脂肪でした。

一年後、体脂肪率が20%を割る頃になりますと、68キロの体重が58キロになったのです、10キロ以上の脂肪がお腹の周りに付いていた事になるわけです、この1年間で多少の筋肉は付いたでしょうから。この頃はジムの女性からウエストが細いと言って羨ましがられましたが、私にとっては最大の悩みだったわけです。この筋肉の貧弱さが腰を痛めた最大の原因だったわけですから。

この頃からやっと腹筋と背筋の運動が出来るようになってきました、それでも2〜3回がやっとと言う状態でしたが。まだまだ腰は痛かったのですが、それでもテニスには表向き些少はないように見える程度には出来るようになりました。自分で納得のいくトレーニングが出来るようになってからの体の変化は、面白いと思えるようになり、同時にテニスの上達も大変なものがありました。

秋になった頃、それが誰の目にも映るようになったのです。周りの評価も変わってきました、これは正直言って快感そのものです。と同時にスポーツとはいかに筋肉が大切かと言う事を思い知らされました、筋肉の表現でしかないと言う事です。技術と言うものはその表現能力だと言う事です、筋肉と言う基礎が無ければどうにもならないと言う事です。

テニスクラブに入会して16年経ちまして、このクラブの中ではほぼトップクラスのプレーヤーに近づく事が出来ました。この間多くの方に色々世話を受けましたが、やはり心に最も強く残っていますのは、最初にシングルスの相手をして下さった方です。6〜7年前までは時々乱打しましょうと言って相手をしてあげていたのですが、ある時期から「雲の上の人になってしまいましたね」と言ってけして私の側に来ようとしなくなってしまいました、今でも元気にシングルスに励んでいるのですが。

いつの間にか自分より技量の低い方の相手はなるべくしたくないと言う自分がいます。今もテニスの能力を上げたいと必死に戦っている自分はあるのですが、そうは言いながらも我が侭な自分も見えてはいるのです。入会した時にテニスの上手な人はなんと冷たいのだろうと感じた心を十分に持っていながらも、どうする事も出来ません。

テニスに人生を感じます、いや人生そのものかも知れません、まさに実力の社会なのでしょう。うちのクラブ員で過去に全日本のチャンピオンになられた方に言われた事があります。「あなたのような立場でうちのクラブに入った人の8割は、なんと嫌な所だと言って辞めていく、後の2割は自分の経済力にものを言わせて自分の周りに仲良しクラブを作る、あなたはどちらでも無く一人ずつ抜きながらよくここまであがって来た」と。認められていたるだと喜んだのは4年ほど前の事です。

60歳までの5年間はテニスに打ち込み競技テニスを続け上位のランキングを目指します、どこまで到達するかわかりませんがトップを目標にし限りなく近づこうと励むつもりです。自分の理想とする体型は体重68キロ体脂肪率14%です。筋肉での5キロの増量はかなり大変な事で、やはりむちゃな行為と思われる事柄の様です。しかし上位のランキングのためには必要不可欠のような気がします。

基礎体力の増強と共にその力をテニスと言うものに表現する新たな技術がまた必要とされるわけです。それとて50代後半の男には過酷な事なのかも知れません。しかしだからこそそこに「緊張」と「情熱」がわいて来るような気がするのです、身長が180cm欲しいといっているわけではないのですから。そして新たな「感動」が得られたら最高の幸せです。


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