人生は思い出づくり

 昨日の事は忘れても、昔の事はよく覚えている。年を取った人の多くの方が言う言葉です。私も例外ではありません。子供は結婚してもおかしく無い年頃なのに、幼稚園の頃の出来事が昨日のように思い出されますし、子供に対して幼稚な事で注意しますと、「もう僕はそんなガキではないよ」けんもほろろにソッポを向かれます。

 そういう時は、確かに子供の年齢を忘れている自分に苦笑します。子供もそういった私を察知しているようで、なんとも表現し様の無い顔をしています。その辺は親子の以心伝心なのだろうと思っていますが、我ながら脳細胞の破壊がこれほどまでに進んでいるのかと思い、愕然とし年齢を感じるわけです。感性の上では19才にままでいるつもりなのに。

 昔の事は確かによく憶えています、特に青春と言われた時代の事は。人によってその年齢に多少の違いはあるのでしょうが、時代と共にその年齢は早まっているようではあります。しかしながら、何か悩み事とか一般的に壁と言われるような事柄に遭遇した時に、振り返って又心を新たにする原動力になるのも、この時期の事になるようです。芸術やスポーツで言えば基礎と言う事になるのでしょう。

 ですが、青春といわれる時代の特徴は、まだ一人前になっておらず、親の扶養家族である事が一般的で、経済的な問題を抱える前の時代である事が大きいような気がします。ですから、生きるという事の苦しみを知る以前である事が多く、精神的な事柄に花が咲き、心が一番広がる時期でもあろうと思います。

 社会現象で言えば、生産という経済活動からはなれた「お祭り」という物がこれに当たったのかもしれません。広く解釈すれば次に行動する生産活動のエネルギーになるのかもしれません。そういう意味では青春もこれから社会に出て経済の中で活躍するための準備期間とも言えなくも無いと思います。そんな点がお祭りと青春は共通しているのかもしれません。そんな訳でお祭りも思い出に残る出来事の上位を占めるものでしょう。

 そっと引き出しにしまっておく思い出もあれば、堂々と公表できる思い出もあるわけです。大きく分けてそっとしまっておくのが青春の出来事であり、堂々と公表できるのがお祭りの出来事なるようです。言葉を変えれば、お金のかかる事とお金のかからない事と言う事になるのかもしれません。年を取ってからは何事もお金のかかるお祭り事のようになってしまうのでしょう。

 人によっては仕事も思い出になる事もあるのかもしれません、ですがこうゆう方は例外です。一般的に仕事というものは苦しい物で、それを多少でも少なくするために色々と工夫をされているのが娯楽なのです。娯楽とまではいかないまでも労働する時につきものなのが歌です、そして作業のリズムに合った歌のリズムがあるも様です。鉄道の線路作業時の歌はゆっくりとした力強い歌ですし、茶摘歌などはテンポの速いリズミカルな歌となるわけです。

 そしてこの娯楽の最終的なものがお祭りだったのしょう。ですからその地方地方での仕事の作業の完了時や一段落の時に行われ、せいぜい年に2〜3回という事になるわけです。ですから又思い出にもなりやすかったわけですし、楽しかった事の代表にもなったわけです。しかしながらこれも過去のようです。

我々の生活の変化がこの辺にも見られお祭りが難しくなっているようです。経済が複雑になり、仕事というものに同一性が失われ、仕事が完了する時期というものも個々に違ってしまった結果、共同作業のお祭りという物も難しくなってきたようなのです。娯楽というものもまさに個性の時代なのでしょう。海外に気楽にいけると言う事も拍車をかけているのかもしれません。

昔はその住んでいる所の集団の中にいれば自然とお祭りの輪の中に入り、思い出つくりが出来たのだろうと思うのです。そして話もその思い出として共通の話題が出来たわけです。集団の中にいる事による束縛のため嫌な思いをする事もあったでしょうが、逆に楽しい思いもするという生活形態があったと思うのです。

これはある意味での弱者救済の社会福祉政策でもあったわけです。集団による生活形態は強い者からは束縛と感じ、弱い者からは救済と感じるわけです。これはある意味では社会主義政策なのだろうと思います、原始農耕社会はまさしくこの生活体系だと思います。日本は本来農耕社会ですから、この文化が残っていたのだろうと思います。

現代は何事も自ら進んで行わないと結果として表れない時代になった様です。お祭り事も自ら計画し行動しないと手に入らないという時代なのでしょう、でもこれはかなりしんどい事のように思うのです。

人は生きるという事の戦いだけでかなりの負担だと思うのです。一般的に現代の労働という物に歌は似合いません、それは労働に共通にリズムが起きる環境に無いからでしょう。その代わりと言ってはなんですが、カラオケという物が普及し、歌を歌って潤いを求めているのかもしれません。

昔は、お祭り事は自然の流れの中で味わえるように社会が出来上がって言ったのだろうと思うのです。そうして自然のうちに心の潤いを感じ、生きるという事の戦いの心労を和らげていたのでしょう。それが長い年月をとうして出来上がって来た人間の知恵であったのだろうと思うのです。それも変革期に来ているのでしょう。

個性の時代とは、全ての事柄を自ら求めていかなくてはならない、時代なのかも知れません。楽しささえもひとりで転がり込むという事は難しいという事なのかもしれません。これから何らかの社会システムが出来上がるかもしれませんが、一番思い出と言うものを作り易いのは青春といわれる時代であるという事は、時代が進んでも変わりは無いように思うのです。

息を引き取る時に、幸田露伴という文豪が「幸せであった」と言ったそうですが、私は再び会いたいと思い、思い巡らす人が何人いるかという事のような気がするのです。それは人との出会いですし、その人とのかかわりの思い出に他ならないと思うのです。

人生は人との巡り合い、すなわち「思い出作り」という事になるのだと思っています。

 


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