高橋尚子の偉業に思う

 彼女の笑顔ほど努力という言葉が似合わない笑顔は無い。ベルリンマラソンのゴールに入った時、あの笑顔を見て感じた第一声です。ゴールに入った瞬間から息が乱れず、表情豊かなあの笑顔の裏には、とてつもない練習量を感じたからです。もはや努力などという言葉を通り越した、楽しんで行動している賜物と写ったのです。

 当日はフジテレビの中継にクギズケになりながら、午後4時からの画面を見つめていました。小倉キャスターをはじめ練習仲間の応援のもと、小出監督の話をスタート前から聞いていました。小出監督は大変な誉め方で、間違い無く世界新記録は出す、ひょっとすると二時間十八分台を出すかも知れない。いずれ十六分台を出す能力があると言うのです。

 監督の言葉によると「ものが違う」と言うのです。オリンピックで金メダルを取ったのですから、ものが違うというのは当然でしょう。ですが彼の言葉の中に何かもっと違った重みを感じるのです。スタートする直前に80パーセントの確立で新記録を出す、と言い切らせる何かを持っているという事なのでしょう。そして見事に達成するのです。

 そしてゴールした時のあの笑顔です。ゴール直後のインタビューで、最後の2キロは大変に苦しく足が前に出なかった、とあの笑顔で言うのです。もちろん走っている時は本当に苦しそうでした、ただただ必死に足を前に出しているという風に、多くの人が感じた事と思います。そしてそこがまだ未熟だと言うではありませんか。

 限りなき挑戦と言う以外に言葉が無いと感じたのは私だけでは無いでしょう。小出監督も言うのです、次の課題が見つかったと。これが大変な事を達成した直後の二人の言葉なのです。「ものが違う」とはこう言う事かと思った次第です、いずれ十六分台を出す能力があると言わしめる原点なのかとも思ったのもこの辺でしょう。

 彼女はもう20代後半でしょう。ランナーとしては決して若くは無いはずです。その上つい最近までは無名のランナーであったと言うではないですか。大学4年の時、小出監督の合宿の門を一人でたたき、飛び入り参加をしたと言う事です。無名のランナーでありながらもかろうじて小出監督の門下になれたのも必死で門をたたいたからでしょう。

 しかしながら、一向に目が出ず、監督の言葉によると、人に千本の糸があるとすれば九百九拾九本の糸が切れ、残り一本がかろうじて残っているような状態であった、と言うのです。これが最後だとの思いで、練習方法を変えたのだそうです。それが幸を相しめきめきと能力が上がり結果を出せるようになったと言うのです。

 監督が言うのです、「人間は諦めてはいけない」と、彼女に教えられたというのです。まさに大器晩成型と言っていいのではないでしょうか。10代から20代の前半まではまったくの無名で、駅伝すら走らせてもらえなかったと聞きます。そんな彼女がここ23年で芽を出し、オリンピックで金メダルを取り世界新記録を出す、という偉業をなしたのですから。

 なお貪欲に次の目標を設定し、自ら弱点を公にして、次の挑戦にいどんでいく。それが記録を出したゴール直後の会見の言葉なのですから、我等凡人からはかけ離れた世界かも知れません。ですがそれぞれの職場なり生きている立場で、いつ芽が出るかは分からないと言う事の教えでもあるような気がしてならないのです。

 もちろん、人は持っているものが違います。小出監督がいう所の「ものが違う」と言う事はいえるでしょう、当然の事ながら、人に認めてもらえるような事柄を達成する事など当然出来ないかも知れません。ですが尚子さんの笑顔は誰でも持てるように思うのです、それぞれの課題を達成した時にでる笑顔でもあるような気がするのです。

 人生とはマラソンのようだとは言い古された言葉です。普段の練習が大事だと言っているのかも知れません、走る苦しさをたとえているのかも知れません、ですがあの笑顔が一番言いたい事のような気がしてきたのです。

 人にはそれぞれ能力というものがあり、立場というものがあります。それぞれの人生の中で目的も違えば、喜びも違います。ですが人生の究極はあの笑顔のような気がするのです、あの笑顔を作るまでの紆余曲折のような気がするのです。ただその方法が、絵であったり、陶器であったり、又スポーツであったり、事業でもあるような気がするのです。

 打ち込んで、打ち込んで、夢中になって、もはや楽しみになって来た時に、でて来る笑顔のような気がするのです。自分の意識の中に努力しているなどと感じているうちはまだまだだと言う事でしょう。そんな努力などと意識を超越した時に、練習が喜びとなり、自らの取り組むものが喜びとなった時に生まれる笑顔のような気がするのです。

 世の中に認められなくとも、誰一人に認められなくとも、自ら課した課題に取り組み、楽しみとなった時、「自ら、自らの心を誉めてやれれば」、自然と生まれる笑顔のような気がするのですが・・・

 

笑顔

 

打ち込んで、打ち込んで

         夢中になって

苦しみを通り越して

       楽しみになった時

あんな笑顔が

    生まれるのかも知れない

いつも新たな挑戦を求め

          走り続ける

夢と感動を与えてくれた

       あんな笑顔を残して

 


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