出会いは一度

 一生の間にどれだけの人との出会いがあるでしょう、でもそのほとんどの人がたった一度の出会いなのです。街の路上での一瞬のすれ違いから、電車の中での数分間、あるいは旅の途中での車内の数時間と、その形態は様々であっても、その99パーセントはたった一度の出会いでしょう。2度会うと言う事は大変な出来事であろうと思うのです。

 人は自分の能力のほんの一部しか使っていないと言われます、大変な無駄をしていると言う事でしょう。ましてやチャンスとなればその大半を見逃している様に思うのです。仕事上の事ですと、後でアーすれば良かったコーすれば良かったと悔やむ訳ですが、同じように人の出会いもある筈なのに、そんな気持を持つ以前の段階なのかも知れません。

 「貴方って見かけと全然違うのね、こんな人とは思わなかったわ」、親しくなった多くの人に言われる言葉です。親しくと言っても少し分かってもらったと言った方か正確でしょうか、具体的に言えばマッサージをしてくれるおばさんもそうでした。もう1年半になり月3回位のペースですが、心置きなく話せるように成るのに1年程かかったでしょう。

 人という者を理解するのに時間がかかるのは当然だと思い、いかに素適と思える人との出会いがあっても、見ず知らずの遠い人の意識しか生まれず、自分に忠実な心で直視する事も出来ず、ただ何となく羨望の眼差しでほんの少し垣間見る、と言う事になってしまう訳です。いかに自己表現能力に乏しいかと言う事に成るのでしょう。

 しかし、今まではそんな意識すら持っていなかった様です。この度、本をだすと言う事になり、又新たな挑戦と成ったわけですが、今まで自分が生きてきた意識とはちょっと違うものを感じて来たのです。単にHPに文章を書いている時は、単なる自己表現でしか無いわけですが、お金を出して買って頂く本と成れば原点が違うようなのです。

 歯医者の時もお金という報酬を頂き治療行為をしていたわけですが、あくまで医療という技術の提供であり(その原点となる人間性も多少含んでいるでしょうが)、現在の賃貸業という職業も私個人が表に出る事は無い訳です。私がどんな男であるかなどと言う事は何ら関係無く過ぎて来たのです。ところが本というものはどうも違う様なのです。

 その文章を通して読者に「いったい、どんな男なのであろう」という興味を抱かせなくては成らないようなのです。同じ言葉も筆者によって読者の受け取り方が違う様なのです、その原点は私に興味を持ってもらって、初めて本を買うという行為が生まれるらしいのです。まだ良くは分からないのですが、そんな風に感じて来たのです。

 「目は口ほどにものを言う」と言います、又「一目惚れ」という言葉もあります。目と目が合ったその一瞬にいかに良い印象を与えるか、という行為に似ている様に思えてきたのです。私にとっては最も苦手な遠い存在であった行為です、でも何かその一歩を踏み出したような気がするのです。それを感じたのも本という物に取り組んだ結果でしょう。

 これまでに逃がしてきた多くの出会いというものに、果敢に挑戦するチャンスなのかも知れません。視線の触れ合うその一瞬にかけて、いかにして自分に好感も持っていただくかの修行が始まるのかも知れません。まあ、多くの恥じをかきながら・・・


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